2009年08月16日

08// さようなら 私の「    」

「君、相変わらずつれないね。折角私が自慢の琴を聞かせているというのに。」

「貴方が勝手に上がりこんできて掻き鳴らしているだけでしょう。知ったことではない。」



 姜伯約は円窓に行儀悪く腰掛けながら一心に書を読んでいた。

 無趣味なこの男をからかうのが存外に楽しいらしく、趣味人の費文偉は何かと姜伯約の官舎に押しかけてちょっかいをかけていた。



 わざと音を外して見せると、竹簡が飛んできた。無趣味であっても無教養ではないらしい。



「そう、猫のようにいつまでも逆毛を立てることもあるまいに。」

「性格です。」



 直しようがない、と言外に含めたのだろうが、費文偉はそれを無視した。



「ところで明日の酒宴だが、いい場所がとれたぞ。」



 それを聞いた姜伯約が心底嫌な顔をした。華やかな席は好まないらしい。しかも、これまでの経験上、費文偉の「いい場所」とは妓楼のことと思ってほぼ間違いない。ふい、と視線をそらした。



「なあ、君。告げ忘れた言葉があったとしたら、それは告げるときではなかった、ということだよ。」



 費文偉は頑なな姜伯約の性格が、天水に残してきた家族ゆえだと考えていた。



「さよならを告げる必要はなかったのだよ。また、」

「………夢ですね。」

「そうだよ、我々は、夢霞を食って進むしかないのさ。」
posted by みなと at 14:56| Comment(0) | くうのふたひ。こばなし
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