2007年04月04日

すたんーずほてほて その11。

4月に寒の戻りですか……。


〜シャフリサブス篇〜




シャフリサブスはアミール・ティムールの生誕地です。

どーんとティムールの像がそびえておりました。近付いて写真撮りたかったけど、像の足許では結婚式の真っ最中でした。


それにしてもブハラあたりから子供の物売りが増えたなあ。あと、ペンや飴を欲しがる子とか。


まずはティムール像の背後にあるアク・サライに。ティムールの死後も工事が続けられ完成した巨大なアーチ…………の残骸。(本来は宮殿。)現在はアーチを支える2本の柱しか残っていませんが、とにかくでかい。もとはどのくらいあったんだというくらいです。

ブハラのアブドゥル・ハンの嫉妬により破壊されたと言います。ティムール帝国滅亡後に興ったブハラ・ハン国の君主たちはティムール一族を全力で否定している感じですねー。


そういえば、写真を撮ってくれ、と言われることは良くあるのですが、一緒に写って、というのは初めてでした。ツアーのヒトタチと3人くらい巻き込まれて、ウズベクの人が10人くらいの集合写真。びっくりしたー。

あと、随分おめかししている子供が多いなと思ったら、ウズベキスタンでは3月21日が春の始まり=新年のお祝いなのだそうです。へー1年の始まりの日も国それぞれだなあ。


それからドルティロヴット建築群とドルッサオダット建築群へ。

後者はティムールが早世した長男のために立てたものだとか。傍らのモスクは現在も100名くらいが日々の礼拝時に訪れるそうです。ガイドさんが「思ったより多かったです。」とコメント。←イスラム教徒

ドルティロヴット建築群のコク・グンバス・モスクは中に入れましたが修復中でした。


そうして、やっと一番楽しみにしていたサマルカンドへ向かったんですよ。ええ。



〜サマルカンド篇〜




みなとがウズベキスタンへ何で来たかって、青の都サマルカンドを見たかったからですよ。

なんにこのバカは、シャフリサブスからサマルカンドへ向かう途中に発病しました。(…。)


最初に向かったのは、グル・エミル廟。ティムールの眠る場所なわけですが、その時にはすでにかえる袋持ってたものですから、まともに立ってられない状態でした。

外観だけ堪能して、廟内にあるベンチでひっくりかえっておりました。あんたここまで何しに来てん。


ツアーの中に元看護士のおばさまがいて、脈診てもらったら「あなた、39度は軽く超えているわよ、熱。40度あるかもしれない。」熱感はないけど確かにふらふらです。現にホテルに入った途端、マジで大変でしたよ…震えと悪寒が止まんなくって毛布ぐるぐる巻きにしてました。

添乗員さんたちが差し入れてくださる水が命綱でしたね。で、リンゴとナンでなんとかエネルギー源補給。それでもウズベキスタン伝統スイーツがでると聞いて「持ってきてください!」はないだろうよ。大人しく寝ろ。


もう一人、現役看護師さんがいて、抗生物質をいただいたときはほんまに助かりました。あれなかったら日本までの体力は残ってませんでしたよ。


と、いうことでメインディッシュ・サマルカンドは一つも味わえませんでした。


くくくぅ……、体調管理って重要ですね。いつかリベンジ……!(こりろよ。)
posted by みなと at 12:48| Comment(0) | てくてく・中央アジア篇
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