2007年03月27日

すたんーずほてほて その4。

桜、早いですねえ。



〜ヒヴァ・余談篇〜


このヒヴァへは、まず日本からタシケントに着いてそこからウルゲンチへ国内線利用、それからバスでヒヴァに到着、という順序だったのですが、この国内線で一悶着。

みなとは飛行機大好きな方で、窓から雲海や成層圏の蒼を眺めるのが好きなんですよ。で、運良くこのとき窓側のE席に当ったのですね。やったーと乗り込んでみれば、マイシートに恰幅のいいおじさまがどかああっと座っている。

ちょっと待ていと思いつつ、搭乗券の半券を示して、どいてくださいなと穏健にジェスチャアしたら。


「オウ?」という感じで自分の隣にどうぞときました。


ぷち。


E席は私の!と今度は強めにジェスチャア。(英語ができないって悲しいですなあ…。)したら、おじさまはパスポートから自分の半券を出して見せてくれました。


………。

やっぱりあんたD席じゃねえかあああああ!!!


「ゆーあD!あいむE!(反対側の座席から順に指差しつつ)A!B!C!D!E!」


みなとは何歳児のお子様ですか。

むきになった甲斐あって無事に窓際確保。正真正銘のバカです。ヤーポンの評判落としてどうする。



さ、話を変えましょう。


ヒヴァですが、ひと通りの観光を終えた後に自由時間が頂けたので、イチャン・カラの城壁沿いにぼけらーっと歩いていました。うまくいけば、城壁に登ってみたいなーとか。(煙と何とやらは上りたがる……。)


史跡群から旧市街に入ったところでありました、角度45°にしか見えない上り坂ですが。
よいしょよいしょと登ってみたら一望にイチャン・カラ内部が見渡せるし、弓兵のための小さな穴とか見れてかなり満足。城門の上部に当る部分がゴミ捨て場と化していたのには驚きましたが見なかったことにして、城門の屋根を写真に撮ったりとひと通り遊んで。


問題は下りだって……。


その日は昨日の日記にも書きましたが、雨が降ったり止んだりですごく滑りやすかったんです。で、道自体は土なのですが完全に踏み固められていてですね、ぎゃーぎゃーへっぴり腰で下るはめに。

それをみた小学生の男の子が登ってきて手を貸してくれたときはちょっと恥ずかしかったですが、すごいよ、ジェントルマンだよこの子!(多分小学二年生くらい…。)おばさんうれしいよ!(恥を知れ。)



そんなこんなで、次の日は夜明け前に起床して(眠い…。)ヒヴァとおさらば…のはずだったのですが。


何故か主要道路が完全封鎖。

何事ーーーー?!これってヒヴァ脱出不可能ってことですか?!


バスの運転手さんもマジギレおこして、「ならどこから行けッちゅうねん!」というオーラがみなとにも見えた気がしました。(言葉は分からないので。)ウズベク語でボルテージが段々上がっていきます思わず血圧を心配するほどでしたよ。


結局、抜け道というか、農道をがたがたと走って無事警戒網を潜り抜けました。

後でガイドさんが教えてくれたのですが、何でも町外れで殺人事件が発生していたそうです。……あーそんで、昨日はぬかるんでいたから、足跡採ったり逃走路を封鎖していたわけだ。

あ、補足しますが、これはさすがに日常茶飯事のことではない、とのことです。実際、ガイドさんとか若い人や添乗員さんと一緒に夜呑みに行ったりしていましたからね。ブハラやサマルカンドで、ですが。(みなとは旅行中は異常に早寝になるので無理。)


なんでみなとは旅行行くとネタに事欠かないのだろう……。

posted by みなと at 22:32| Comment(0) | てくてく・中央アジア篇
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