2019年11月26日

『愛と欲望の三国志』

 『愛と欲望の三国志』著:箱崎みどり(講談社現代新書)
 タイトルでちょっとびっくりしてしまいましたが、12月の三国志研究会のネタ本ということでぎりぎりになって読んでいました。日本における三国志の受容史がとてもコンパクトにまとまっているのですが、巻末に示されている資料の量がとてもガチ。何よりすごいなあと思ったのが、江戸時代のパロディの解説が充実してて、歌舞伎の中で現代でも上演されている演目の元ネタなのはびっくりしました。パロディの度が過ぎる。
 現代の代表的な三国志小説まで言及されているのはすごいですが、日中戦争期にどう読まれていたのか、という論点は面白いなーと思います。
 おすすめチャートでどう頑張っても、私の大好きな陳舜臣氏にたどり着けずちょっと泣いた。

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 わりとどうでもいい感想。
 古代日本において「三史」とされるのが史記・漢書・後漢書というのは、成立年代や評価を考えると不思議だなあという気もします。けれども、日本についての古記録、という点で見ると魏志は二番手三番手、ということになるのかな……と思ったり。それでいて、『古今著聞集』のなかで忠臣や名臣として羊祜が知られているのは何故。世説か。
 室町時代に三国志というか演義が一気に受容されるのは、やっぱり鎌倉時代の中国との交易断絶も大きかったりするのかなーとか。平清盛の日宋貿易から、足利尊氏の天龍寺船までぽんと飛んでしまうイメージが。その間書物の流入ってルートが少なくなりそうですし。
 河合曾良や与謝蕪村の句は、曹操の苦寒行というより、いきいきてかさねていきいく、の古詩ではないんだ……。
 日中戦争期に諸葛孔明を楠木正成とともに並びたたえたり、諸葛孔明と日本人との親和性を語ったりする、という話、まるで清朝に交代してからの李氏朝鮮の感覚のような。儒教というか中華思想を受け継ぐものは自分たちであるという考え方があったんですよね、たしか。大東亜共栄圏の考え方も結局は形を変えた中華思想だったのかしら。
 そして中国理解の助けとしての三国志、というものも不思議……史記ではないんだ、水滸伝でもない。英雄が好きな日本の国民性みたいなのにはまるのは三国志のほうなのかなー。
 それにしても、この受容史を読むと、日本においての曹操=悪玉言説って日中戦争期にはすでにかなり薄まっているのでは。それなのに、どうしていまだに曹操は実は…という語りから入る必要があるのか疑問でもあるなー。
posted by みなと at 22:29| Comment(0) | 読書めも
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