2019年09月20日

なぜ「歴史」はねらわれるのか? 歴史認識問題に揺れる学知と社会

なぜ「歴史」はねらわれるのか? 歴史認識問題に揺れる学知と社会
(立命館大学2019年度研究推進プログラム「歴史認識問題をめぐる学知と社会の学際的研究」公開シンポジウム
2019年9月3日(火) 於:立命館大学いばらぎキャンパス


 気になる話題だったので潜り込んできましたメモ。


・大学きれい。
・建物の入口わからない。
・会場に行くエレベーターがわからない。
・部屋かっこいい。
・けれどぱんぴお断り感がすごくてこわい。
・会場からひとが溢れる。
・隅っこで震える私。

みたいな個人的感想からスタート。

 シンポジウムの内容自体は書籍化の予定があるとのことなので、詳しい話についてはそちらの発刊をお待ちしています。
 面白いなーと思ったところのメモです。

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<講演1:前川一郎氏「歴史修正主義を歴史化する」>
 1990年代(冷戦の終結)以降、日本のみならず世界において「正義の回復」(謝罪、賠償)を望む声が表面化する。1960年代のアフリカ諸国の独立時はこの問題は表面化しなかった。それは、独立国と旧宗主国との間で植民地時代の問題について一種の手打ちが行われたことに起因する。この手打ちのとき声を封じ込められた、無視された声が冷戦下の世界観の崩壊によって表面化する。また、途上国、旧植民地の民主化と国際地位の向上、普遍的な人権意識の高まりもあった。(末端の被害、文化財、女性の被害)しかし、植民地問題は解決した、として旧宗主国では門前払いされているのが現状。
 戦後の国際秩序は植民地問題は解決した、との前提で各国とも自国の「国民史」が成り立っている。この「国民史」の形成の過程で黙殺された声、不都合な真実への危機感に対するバックフラッシュとしての歴史修正主義。それがローカルな問題としては「慰安婦はデマ」「ホロコーストはなかった」という形で噴出するが、先進国(旧宗主国)はどこも同じような潮流の中にいる。(先生の研究対象である英国でも同じ)「国民史」の成立のなかで封印されていた記憶の復権に政府は抵抗し、学術的作法で論じることなく再封印を意図する。そのため「謝罪の時代」は現在ほとんど成果をもたらしていない。


<講演2:倉橋耕平氏「歴史修正主義の根幹」>
 メディア社会学の視点より、これは歴史学でも政治学でもなく社会学として、この現象は何なのか?歴史学の問題ではないのではないか?
 学際的と言いながら、この場に歴史修正主義の本丸ともいえる慰安婦問題の研究者や女性研究者が呼ばれていないのは問題では?
 歴史修正主義と自己啓発、メンタルヘルス、スピリチュアルとのつながり。自己啓発系の本が多い出版社がなぜ歴史修正主義的な本を手がけているのか。これは仮説として、アイデンティティの連続性を保つための歴史を読者が望んでいるのか。それであれば、個人消費レベルであるため厳密な歴史は必要がない。1990年代、歴史とは別に心理学の社会化=スピリチュアルとしてこちらも隆盛し始める。自己啓発の目的は、自分の認識を組み替えることが主眼であり、自分を変えられるなら自己都合の歴史でも良いのではないか?「目覚める」「取り戻す」自分の内側に向かっている知的欲望は似非科学・スピリチュアル・歴史を道具として使っている。


<講演3:呉座勇一氏「「自虐史観」批判と対峙する―網野善彦の提言を振り返る」>
 網野氏の晩年に新しい歴史教科書をつくる会の問題が現れた。この史観は司馬史観と網野史観を恣意的な解釈の上で利用していた。
 網野氏は天皇制の克服のためにも、天皇制に正面から向き合わねばならないとして研究を進めた結果、天皇制の強さを浮かび上がらせてしまったために、天皇制の擁護ではないのかと批判を受けた。右翼に自分の研究が利用されるのではないかという危機感があるが、本来批判されるべきはその研究成果を曲げて理解し発信する右翼ではないのか。右翼に利用された学者が悪いと言うことになれば何も言えなくなってしまう。
 しかし、網野氏は1990年代より天皇の聖なる力という話をしなくなる。右翼に利用された成果の封印を評価する者もいただろうが、歴史学の成果と発展について考えたときどうであったか。天皇制は日本独自ものだからそこに沿って解明するしかない。模範ケースがない。


<講演4・辻田真佐憲>
 そもそも一般人が(人生80年として)歴史(特に近代史)に割くことのできる時間がどれほどあるのか?つまり、人はいかに歴史の本を読んでいないか、ということ。わかりやすい物語が広がるのは不可避。歴史修正主義はその間隙を突いた。
 右派のキーワードはいくつかある。「教育勅語」は素晴らしいと柴山文科大臣や稲田議員など言及はするがその内容は全く知らないという。「御真影」は叩くための道具としてしか機能しておらず尊重されていない。国旗は仲間内では大事にしているようで慰霊祭などイベントが終われば振っていた日の丸をゴミ箱に捨てていったりする。彼らがやっていることは戦前回帰ではない。戦前を自分の好みで切り貼りしている。
 ことばや見取り図を作ること。辻田氏はこれまで「愛国コスプレ」「戦前の二次創作」「戦前だったら不敬罪」といったものを作ってきた。
 「昭和史」の問題。良かれ悪しかれ日本が最も世界に影響を与えた時代。日本を取り戻すというフレーズは都合の良い昭和史のつまみ食いで、戦前も戦後も入り混じっている。細分化した研究は多くあるが、それだけではなく大きな見取り図が必要なのではないか。ファクトを重んじる物語のレベルアップ、物語の再評価によって防波堤とする。


<質疑応答>
 数多くの質問がありましたが、私が特に興味深かったのが次の質問でした。

質問:市民として、友人として、家族として、日常におけるコミュニケーションはどうすればいいのか。ネット右翼化した親とどう話したら良いのか。自分が研究の中で共有しているのものが、社会の中で、個人の関係の中で共有できない。
前田氏:自分の父は韓国への植民者で差別用語も平気で使っていたが、その父と私が話していても全く変わることがなかった。死ぬまで和解できなかった。歴史を社会の中で扱いたい。コミュニケーションの場の設定が重要だろう。
倉橋氏:授業を受け持った学生から同じような相談を受ける。実家に帰ると親がネット右翼となっていたが、どう話したら分かってもらえるのかと。現在の状況は1990年代より25年あまりかけて、こうなっている。どの媒体を信じれば良いのかという話でもある。自民党と共産党がどんどん中間寄りとなりエビデンスの差が小さくなった。その空白に極端な言説が入り込んできた。
呉座氏:この質問は歴史学というより社会学の問いでは…。定年退職した高齢者の(居場所の)問題でもある。歴史学の問題として狭い範囲で考えると問題を見誤るのでは。暇な時間、寂しさを埋める手段としての動画視聴、ネット右翼化。怒りを向ける矛先となる。
辻田氏:親のネット右翼化を防ぐ一番の方法は新聞の購読を止めさせないこと。定年退職すると節約のために新聞の定期購読を止めようとする、情報はネットやテレビで手に入ると。するとネットのヤフーニュースなどのコメント欄に書き込むようになり、その点数を稼ぐ快楽にはまってしまい極端な受ける言説に走ってしまう。新聞はその脊髄反射を防ぐ防波堤になる。


 また、えぐいなあと思ったのが、「学会であまりにトンデモに触ると格が落ちるという考え方は、相手にする価値もない、という態度でもある。批判する価値のあるまともな人にしか批判しないために、まともな人ほど潰されてしまう。箸にも棒にもかからない人ほど批判されないがために潰されることなく、トンデモが前面に出てきてしまう。」「歴史学をジェンダーなどの隠れ蓑にして殴るという、狙われているだけではなく、使われていることにも目を向ける必要性。」といったところでしょうか。
posted by みなと at 17:54| Comment(0) | その他講演会など
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