2019年09月19日

『影武者』観ました。

 『影武者』観てきました。オリジナルストーリーに見せかけた完全な荊州争奪戦です。孫呉メインの対関羽戦みたいな感じでした。
 ここから、ネタバレと妄想過多な感想になります。
 なんというかIF孫呉が至るところに張り巡らされているような……!まずは子虞ですが、これは周瑜がモデルなんだろうと分かるのですが。ただ、子虞だけで周瑜を構成しているわけではなくて、影武者と共に、ふたつのIF周瑜を描き出しているのではないんじゃないかと。子虞は「もし周瑜が死ぬことがなく老いたとしたら、どう孫家と対峙していくことになったのか」まるで司馬家の道のようでもあるけれど、どちらかというと孫家と豪族たちとの関係のほうが陰惨な気がする。影武者が表向き演じる都督は「もし周瑜が病を得ることなく健康体のままであったとしたら」もしくは「対関羽戦の時にもし、赤壁の時の周瑜を置いたとしたら」
 荊州争奪戦がもちろんメインストーリーを構成してアクションシーンが展開される訳ですが(それにしても傘2本を広げてその間に人間が入って、竹でパチンコみたいにパァンはじいてぐるぐる進軍するシーンはだいぶ……その…かっこいいのに、マカロンパチンコ芸感がすごくて……)見ようによっては孫権と周瑜(あるいは陸遜でもあるかもしれない)との緊張関係がメインなのでは……。こちらの孫権は(というか映画内では沛良ですが)とても文弱に描かれています。書に巧みであったり、ちょっとわざとキャラにずれを加えています。しかし、室内の装飾である薄絹の幕に描かれるひとびとの絵に透ける向こう側に立つ沛良は、どこか晩年の孤独な孫権を思わせます。信じる者を持たない王。おそらく、周瑜が長命であったならば、あるいは生じたであろう孫権との確執、そのときの、周瑜の2つの結末を同時に描き出しているのではないかと。
 しかし、ここにいる小喬は一人しかいないわけです。男二人に女一人っていつもそうなのかこの監督は!ということは横において。小喬の決断は観客に委ねられます。私この終わり方好きかも。
 ところで、こちらでは孫権の妹を関平の側室に、ということで話が破滅へと向かっていくのですが。二人は相打ちでありながら寄り添うようにその屍が並んでいるのがねー。さすが画力に定評のある監督はツボをよく心得ている!
 色彩がモノクロなのですが白黒映画ではない、白黒映画は元の艶やかな色彩が白黒に押し込められたものですが、このモノクロは色彩をそもそも抜き去った世界であるのがまたいいなあ。雨がその抜けきった色の陰影に説得力を与えているように思います。
posted by みなと at 22:32| Comment(0) | 映画感想
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。