2016年08月22日

第1回三国志研究会

 覗かせていただきました。三国志ガーデンで開催されていた講義の延長という感じでしょうか。この研究会については、双方向性も視野に入れているみたいです。主催は龍谷大学の竹内真彦教授で、今回の発表もまず竹内先生から、吉川三国志を読み直してみる、というテーマです。
 学会もいろいろあるとかで、研究内容の細目化的なあれやそれ。……といったところから、竹内先生はやはり歴史学研究と文学研究というのは世界が違うな、とのこと。先生ご自身は文学研究の立場として、文学研究とは何か、という根本的な問いに立ち返る必要性を感じているとか。でも若い研究者とか特にそうだけど、論文書けとか雑務に追われて考えを突き詰められないんだよね、と。なので、文学研究は視点のセンスが問われるだけになりがち?といったような問題意識もあるとかなんとか。
 そんな感じでいつもどおりの雑メモです。
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 現在は三国志に触れる入口が様々にあるので、吉川英治版が入口となることは少ないんじゃないか、そこで改めて読み直してみても面白いよ、ということで、吉川三国志をツッコミつつ見てみよう、というざっくりとしたテーマだったと思います。
 まず、先生の前提として、吉川英治は正史三国志を読んでいない、としています。また、底本は通俗三国志としています。
 で、その通俗三国志については、国立国会図書館のデジタルコレクションで『絵本通俗三国志』として公開されています、が、如何せん元の本をスキャンしたそのままを公開しているということで読みにくいのも事実。そこで、アマゾンでテキストデータになったものが販売されているそうです(『夕陽亭』というところから出されているそうです。)が、これ、漢字とかなの表記をどうクリアしたのかなーと首を傾げてはおられました。漢字を旧字のままで使用するのか、新字に直すのか、かなを、旧かなと新かなの兼ね合いをどうするのか、などなどの問題があるとかで。特にかなの取り扱いが難しいみたいで。しかし、そもそも正しい旧かなというものはフィクションと割り切るのもひとつではないか、ということでした。割と使い方にブレがあるそうで……「正しい」実態を突き詰めようとすると現実と乖離してしまうとか。
 脇に逸れましたが、吉川三国志、新聞連載とのことなんですが、どこの新聞で連載していたのかはいまひとつはっきりしないそうで。(wikiってみたら中外商業新報など、と書かれているからでしょうか。)(あと同時期にもうひとつの新聞連載『太閤記』も抱えていたとかで、仕事量どんだけ。)
 先生手持ちの講談社文庫だと、劉備の正夫人がどうも麋夫人とされているのに、青空文庫だと正夫人が甘夫人とされているので、どこで改訂されたのかなーという話を挟みつつ。
 吉川三国志は、序盤は通俗三国志のみを参考にしており、途中から様々な資料にも目を通していると考えられる、例えば、『諸葛孔明』著:白川鯉洋とか。(たしか三顧の礼辺り…だったか?)通俗三国志(著:清水市次郎(1884))は李卓吾批評本が底本であり、久保天随が著した『演義三国志』は毛宗崗本が底本になっているが、はたして、吉川英治は執筆時に『演義三国志』を参照していたか疑問ではある。
 桃園の巻の始まりに「後漢の建寧元年のころ。……腰に、一剣を佩いているほか、……年の頃は二十四、五……」となっているが、そもそも、建寧元年(168)に劉備が20代のはずがない。なぜこの年になっているのかというと、通俗三国志の物語の始まりが建寧元年になっているため。また、基本中国のインテリ層は武を蔑んでおり、せいぜい嗜むのは弓くらいのはずなので、物語上の劉備の血統を考えると先祖代々に伝わる剣などあるはずがない。ここには吉川英治の作為があり、日本であれば剣がイメージしやすいことから書かれたのだろう。
 張飛の身長については、身の丈7尺としているが、これは日本の尺貫法で書かれている。実際、通俗三国志では張飛の身長は8尺(日本だと240cm)、関羽の身長は9尺(3m)とされている。ちなみに、吉川英治は関羽の身長を描写していない。そして、横山光輝の描く張飛のヒゲのイメージが演義などと異なっているのは、吉川英治のイメージの下に描かれたからだろう。また、吉川英治は関羽の「腰に偃月刀」と剣のように佩いている描写があるため、横山光輝の初期関羽は剣を持っていた。
 なお、関羽の剣について初めて言及したのは『古今刀剣録』(著:陶弘景・梁)で、「萬人」「萬人及」となっている。しかし、近年翻訳された『石の物語』(訳:広瀬玲子)では「萬刃」という語が出ている。「人」と「刃」は中国語読みでは同じなので、写し間違いなのか、それとも他に「刃」とする出典があるのか、わからない。また、演義から使われ始めた「青龍刀」という名称も来歴がよくわからない。関羽の武器については、表記に揺れがある。三国志平話においては、張飛の武器は「神鎗」、趙雲の武器は「涯角槍」となっているが、関羽の武器に名前はない。花関索の武器としても「黄龍槍」というものがあるが、こちらは最後の敵を前に折られる。そこで赤兎馬が湖に沈めていた関羽の剣を花関索の義兄弟が拾い、その剣で敵を倒す、という筋書きだが、そこでも関羽の剣に名前はない。(何かの作品では、関羽の武器として「三停刀」というものがあるということでしたが、どのようなものか私が聞き逃しました…。)青龍偃月刀としての言い方はまだ古い言い方としてはあるが、青龍刀が演義から取り入れられたのは、赤兎馬との対の概念としてであろう。
 ところで、新聞連載ならではの矛盾が指摘されているが、関羽が持っていた偃月刀について、20ページほどあとに、改めて偃月刀を作る場面が出てくるのが面白いところではある。
 劉備の血統の設定について、現在の皇帝の血筋から位を奪われ滅ぼされた、ということになっており、ある程度史実を踏まえてはいるが、むしろ吉川英治は日本の南北朝時代をイメージして書いていたのではないか。また、劉備は景帝の玄孫となっているが、三国志平話では「十七代賢孫」となっているので、音が似ているので通俗三国志の段階で写し間違いがあったと思われる。
 吉川英治は朱儁を悪役のイメージで描こうとして破綻しているが、作品を執筆するに当たって様々に工夫をしている。
 宦官について、吉川英治が最初から理解していたとは読み取れない。通俗三国志においては意図的に曹騰の表記を削っており宦官であることを明確にせず、養子を取ったことしか書かれていない。そして、吉川英治には曹操が痩せて背が高いというイメージが必要だったようにも見える。しかし、中国物が初めてだった吉川英治も連載しながら徐々に三国志の理解を深めていったようだ。演義系統以外の知識をどこで閲覧していたのかという疑問は残る。例えば、曹操が亡くなった時の文章はどのような元ネタによってイメージされたのか。なお、劉備については少々評価が辛く、髀肉之嘆からの援用か太ったという記述がある。孫権の描写についてはほぼ正史を踏まえている。
 吉川英治がこの小説で主役に据えたのは曹操と諸葛亮だと考えられる。諸葛亮については天才軍師として描こうとはせず、目立っていない人物が劉備のあとを継いだという捉え方ではないだろうか。古い時代の小説ではキャラクターが不変だったが、吉川英治はキャラクターを成長させている。また、張飛には愛情をこめているが、関羽には冷淡と思われる。
 中国において張飛とは、愛されるキャラクターというよりも、ぶち殺す神としてのイメージが強い。黒煞神(こくさつしん)、破邪神など方相氏との関わりではないか。また、鍾馗(しょうき)とは唐代の人物だが、演義以降、描かれる姿が張飛の姿と似てくるようになる。
 民間伝承では、関羽は劉備のひとつ上の歳だが、演義では劉備が年上となっている。
 中国では、神話が失われるのが早かったため、歴史物語が神話の代わりをしているのではないか。そして、読み手の中では、演義は一種の神話ではないのか?
 一方で、吉川英治は小説をどう捉えていたのか。大衆小説家として、教条的な面はあるだろう。そして、連載終了は昭和18年であり、小説は中国と戦争をしていた時期に書き出され、作家の構成云々ではなく時代の影響によって諸葛亮の死で終わらせざるを得なかったのではないか。作品を見るとき、書き手が置かれている社会的状況はどうであったか、ということは重要である。一方、横山光輝は中国との雪解けムードの時期に描かれている。そして、演義も成立には50年ほどかかっており、羅漢中だけを見ていては誤ることになる。
 羅漢中は1364年に存命しているのは確実であり、1424年に友人が、羅漢中がどうなったか分からない、という記述を残している。解説本によってはこの1424年を演義成立の年としているものもあるが、現存はしていない。1644年に毛宗崗本が成立するが、なぜこれが主流として流通したのか状況は不明である。1700年代になってから成都で出版されたのだが、当時成都は出版の中心地ではなかった。
 また、「四大奇書」という概念がどこで生まれたのかも興味深いが、小説を文学の対象に含めた魯迅の『中国小説史略』において、三国志・水滸伝・西遊記・金瓶梅のうち、三国志は紅楼夢に追われた、と書かれている。つまり、近代では三国志は一時廃れたのではないか。そして、復古の兆しのときに使われたのが毛宗崗本だっだのだろうか?出来が良いから流通したのではなく、出来不出来を比較できるような出版状況になかったのではないか。

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 お話を伺ってからだいぶ日が経ってしまっているので、内容がかなりあやふやなところが多くて済みません。
posted by みなと at 21:00| Comment(0) | 三国志関連の講演会
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