2016年06月18日

みんぱくゼミナール第456回『ヒンドゥー聖地と巡礼の現在』

 5月21日(土)に開催されていたみんぱくゼミナールを覗いてみました。無料ということですし…。『ヒンドゥー聖地と巡礼の現在』について、国立民族学博物館の松尾瑞穂准教授が講演されてました。結構面白かったので、そのときの講演メモです。個人的なメモなので相変わらず不正確です。

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 インドでは、聖地への巡礼は現代的な意味でどう変化しているか?現在は、高齢者中心に団体ツアーで巡るのが人気。ヒンドゥー教には人生の段階として4段階あるという伝統的な考え方があり、学徒期(子供から青年にかけて)→家住期(家庭の形成と労働)→林棲期(隠居する)→遊行期(人生を終える、俗・欲を捨てる)となっている。しかし、現実的に遊行期に全てを捨て余生を送ることは難しい、しかし、宗教的生活を送りたいという願望があるところで、現地ツアーが人気を博している。
 インド国内でも言語の違いや飲み水の危険性から、この団体ツアーには大抵料理を三食提供する為のコックが同伴している。(宗教的に)不浄なものを食べたくない、誰が作ったか分かるものを食べたいというニーズがある。もともと、インドには現地の食を楽しむ、という概念がないため外食産業が発達しなかった。自分たちで食事を準備し旅行に持っていく、または自分たちで現地でも調理するのが一般的だった。
 インドでのツアーは、手軽に巡礼ができるという現代性と、信仰目的という古い伝統のハイブリッドによる独自の進化を遂げている。

<1.聖地の特徴>
 聖地とは、特別な意味を付与された神聖な場所のことである。(宗教的な意味だけではなく、現代では文化にも広がりを見せている。例えば、野球の聖地としての甲子園、アニメの舞台となった土地など。)洋の東西を問わず、聖地への巡礼は信仰の重要な鍵となっている。
 聖地はなぜ、「聖地」となったのか。
 @神話、縁起譚などの、聖なるものの現れや関連付け。(例えば、ルルドの泉、高天原、メッカ、サールナート、各地の聖者廟など。)
 A自然信仰などの、場所そのものの聖性。パワースポットともなりうる。(例えば、富士山などの霊山、熊野、セドナ、ウルルなど。)
 B人や社会の関与による聖地の形成。(例えばブッダガヤなど。インドでは仏教が廃れほぼ途絶えていたが、18世紀ごろ、スリランカの王による復興が図られ、19世紀に再び聖地となった。)
 かつて、巡礼は苦行、一大イベントであった。(イスラム教徒によるメッカ巡礼、キリスト教徒によるサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼、インドで各自家庭を捨て行者となり、12年に一度集結するクンブ・メーラーなど。)しかし、近年では観光(ツーリズム)化している。

<2.ヒンドゥー世界の聖地>
 ヒンドゥー教の聖地は、河岸近くに形成される。渡し場、水辺、浅瀬などのティールタ。境界域、彼岸と此岸の認識。ヒンドゥー教における水の重要性は、水の浄性が高いとされているためである。そして、その水が流れる川は最も浄性が高いとされるので、川で沐浴が行われる。眠っている間に穢れが溜まるので、朝起きてから必ずシャワー、風呂に入り、それが終わらないと料理も、神棚に礼拝もしない。生理が終わると身を清める。
 伝承では、ガンジス川はヒマラヤ山脈を父親として生まれた女神だが、急流過ぎて地上で洪水を起こしたため、空から落ちてくるガンジスをシヴァ神が肩で受け止め地上へ流すようになった、とされる。ガンジス川自体が信仰の対象であり、河口に発展した聖地として、ベナレス、ワラナシがある。沐浴地(ガート)の近くに貴族などの高級住宅地がある。
 ヒンドゥー教での死生観では、罪を清めなければ来世に障りがあり、そうして輪廻転生を繰り返すことになる。解脱し、輪より離れることが信仰の目的である。ガンジス川での沐浴によって解脱ができると信じられている。聖地の傍で死にたいとの願いを叶えるために、死を待つ人の家もある。
 また、川から離れた場所でも、トランバケーシュワルなど、地下で川と繋がっているとされる沐浴場があるところでは、寺院として整備され、川に近くない人でも祈り、清められることができる。
 ヒンドゥー教の神々は、まず大伝統として、ブラフマン(創始)、ヴィシュヌ(維持)、シヴァ(破壊)の3神がいる。そして、小伝統としてインド各地に民衆神などのローカルな神格がある。大木の下にある石に彩色をして信仰する路傍の神などである。
 全インド的な巡礼地として、まず4大神領がある。ヴィシュヌ神によるインド的世界の守護であり(バドリーナート、ジャガンナート、ラーメーシュワラム、ドワールカー、とインド国土をぐるりと回る形で聖地がある。)時計回りに都市を巡礼する。7聖都は河岸または海岸に形成されている。(ハリドワール、アヨーディヤー、マトゥラー、ワーラーナシー、ドワールカー、ウッジャイン、カーンチープラム)12の光のシヴァ神像は、シヴァ神像(リンガ)によって守護された聖域とされる。リンガは彫刻ではなく地中から現れたとされる。リンガ(神の男根)とシャクティ(神の女陰)の結合によるパワーも信仰の対象。シヴァリンガは女人禁制とされる、男性的パワーのもとともいえる。(男根が神像である。)
 地域的な巡礼路も、各地の民族的なものもある。8つのガネーシャ神像などもそのひとつ。

<3.聖地―宗教インフラの複合体>
 一例として、マハーラーシュトラ州のトランバケーシュワルを見ると、この地はシヴァ神の聖地のひとつであり、また、ゴダワリ河は「西のガンジス」として、ガンジス川と同等の聖性を持つとされている。18世紀にマラータ王国の宰相が財政支援をして聖地として整備された。聖地は一種のテーマパークであり、シヴァ神の寺院、沐浴場、ハマヌーンの誕生地、など様々なものが組み合わさり、聖地として認められる。
 また、この地は近年、祖先祭祀の中心地としても注目を集め、90年代以降、都市中間層の間で大人気となっている。この儀式はナラヤン・ナーグ・バリ儀礼といわれ、三日間にわたる葬送儀礼を行うことになる。子宝(男の子)に恵まれない、子が結婚できない、などの家庭の問題が発生すると、まず近所の占星術師に生まれたときの星回りを見てもらい、原因を取り除くにはトランバケーシュワルに行き儀礼を行いなさい、と告げられた人々がやってくる。
 もともと、葬送は13日間かけて、夫婦や家族で執り行い火葬する。しかし、死者(先祖)の中に心残りをし、現世に残っている者がいて家族に悪いことが起こっている。それを三日間でもう一度、あの世へ送り解脱してもらうのがナラヤン・ナーグ・バリ。小麦粉で人型を作り火葬し、ピンダ(米の餅)を塀においてカラスがそれを突いたら、死者が満足して送られた、となる。
 1980年代までは、このような儀礼を執り行うのは月に一度あるかないかだったため、司祭たちは出稼ぎに行かなければならなかったが、2000年代より活発になり、今では司祭の仕事だけでかなり稼げるようになり、出稼ぎに出ることも少なくなった。

<4.聖地の変化>
 商業化:宗教産業が地域経済の柱となるが、カースト制度により、新規参入の余地がなかったため(職業の住み分けができている)現地の人々が現代的にそのまま適応していくことに成功した。
 観光化:裸足での苦行であったのが、車など交通網の整備によりアクセスが容易になった。
 情報化:これまでの聖地の情報は口コミ、紙媒体が頼りだった。司祭たちは顧客管理帳のようなものを持っており、儀礼のためにやって来た巡礼者に対して、自分の持つ過去の紙の記録を頼りに、昔あなたのご先祖が自分の一族の下で儀礼をしましたよ、と勧誘していた。一種の檀家制度のようなもの。しかし、インターネットなどのメディア情報の発達により、オンライン予約や、現地の情報を手軽に手に入れられるようになり、集客競争になりつつある。そのため、司祭たちのもつ、紙媒体の古い儀礼の記録や顧客情報が散逸する恐れが出てきて、保存をどうするか、問題になっている。
 政治化:町の経済の潤い、利益の分配をどうしていくか。既得権益(カースト)と公益(利益の公平性)の対立が起こっている。カーストの中には、過去、宰相などから与えられた寺院管理権を持つ一族が利益を独占しているという批判が起こり、寺院の利益を公共財として扱うべきだと、最高裁まで争うケースも続発している。(寺院の清掃の対価に賽銭をすべて貰ってもいいカーストもある。)
 都市中間層の増大により、不安感が増し、新しい形の信仰への回帰が起こっていると考えられる。

<質疑応答>
Q.マハバーラタ、ラーマヤナ、川の霊性など、どこまで人々は信じているのか。
A.神話はヒンドゥー教徒にとってはドキュメンタリー、事実として捉えている。聖地で汲んできた水は神棚に供えるし、また、聖地では水が販売されているのでお土産として近所に配ったりもする。

Q.バラナシなど、川の向こう側はなぜ不浄なのか。
A.人がいない地を死者の地として捉えていたからではないか。住宅地としては利用されていないが、王など身分の高いものの邸宅はあった。現在では宅地が拡大し、向こう岸にも広がっている。

Q.情報化とカーストは相容れないのでは。
A.近代的な産業(IT産業、公務員など)ではカーストに拘らなくなっているが、宗教伝統関連では、権利問題も絡み依然カーストは根強い。

Q.聖地に住んでいる、または近い人々は巡礼しないのか。
A.別の地に巡礼に行く人もいる。また、聖地同士、司祭同士での交流も多い。

Q.シヴァの聖地の「12」に意味はあるか。
A.あまりないと考えている。
posted by みなと at 23:34| Comment(0) | その他講演会など
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