2016年02月28日

三国志の戦い入門講座『赤壁の戦い』

 2月27日(土)に三国志ガーデンで開催されていた講座のメモです。そのに。
 菅原博之先生が講師です。
 それにしても!会場が寒かったです!ぷるぷる震えながらコートも脱げないままに聴講してました。だ、暖房は入っているはずなんですけど…。まあ昨日は普通にお天気的にも寒すぎましたけど。
 つづきからメモです。だいぶ寒さに気を取られてしまって、抜けが酷いかも…。
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『現代に生かす三国志の計略分析「赤壁の戦い」』

 三国志演義における戦いを、「孫子」と「兵法三十六計」を通じて見るというコンセプト。
 「孫子」は孫武(BC500)が記述したとされる兵法書。曹操が注を付けたことでも知られている。曹操は青州兵のリーダー教育に利用したのでは?とのこと。
 「兵法三十六計」は作者不明、17世紀ごろに成立したもので、庶民が生活する術としての兵法。

 赤壁の戦い・序章。
 反間計(第三十三計)、孫子十二編用間編について。用間には五種あり、因間(敵国の人間をスパイにする。)、内間(敵国の政府内部の人間をスパイにする。)、反間(敵国のスパイを二重スパイにする。)、死間、生間がある。このうちの反間として、周瑜は蒋幹を利用し、闞沢と甘寧は蔡和・蔡中を利用した。
 余談として。日本でも有名な間諜は幾人もいて、服部半蔵とか間宮林蔵(公儀隠密)とか。松尾芭蕉のみちのく旅もその一説あり。日露戦争時には、中村天風や明石元次郎などがロシア革命を扇動して後方をかく乱したとも。明石元次郎の工作費は現代価値に直して500億円とも。あと川島芳子の上海事変の工作、小野田寛郎による残置間諜の役割とか。

 赤壁の戦い・前夜。
 草船借箭の計は、濡須口の戦い(212)で孫権が船を沈めないために取った操舵法からのアイデア。
 連環の計(三十五計)は、最後の三十六計が逃げるに如かずと言うように、兵法では仕上げとしての意味合いが強い。他のそれまでの計を組み合わせて効果を得るというような感じ。この赤壁では、反間の計と龐統が船酔いに苦しむ兵のためと偽って曹操に献策した鉄鎖の陣の組み合わせ。
 連環の計というと、三国志演義では美女連環の計のイメージが強い。ハニートラップのことで女色、男色などを突いたもの。最近では上海領事館員自殺事件とか、海上自衛隊員による無断渡航とか、自衛隊員の外国人妻問題とか。
 また、襄陽グループの存在について、荊州学(論語解釈)による横のつながりも。(司馬徽、馬良、徐庶、龐統)諸葛亮自身も、夫人の黄氏を通じて蔡瑁と婚姻関係が繋がっていたため荊州とのかかわりは深い。

 赤壁の戦い・本戦。
 孫子十三編火攻編。
 以佚待労(四計)は孫子七編軍争編に対応。簡単に言うと、早めに戦場についていい場所を取ることが、のちの労力を少なくする、みたいな感じ。火攻めのときは風上を取れということ。
 苦肉の計(三十四計)は敵を信用させるために、わざと自分を傷付ける。呉王闔閭と要離による公子慶忌の殺害の故事のようなもの。

 赤壁の戦い・劉備陣営。
 隔岸観火(九計)は孫子三編謀攻編に対応。漁夫の利を得ること。劉備軍は一万で夏口に駐屯し、周瑜を戦わせて、結果的に荊州を得た。

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 こちらの講座は入門編ということでしたが、ほんと、入門のレベルの加減が難しいなーと。個人的に戦いの、演義でのアウトラインを地図上で説明しつつ、孫子などの兵法がどう当てはめられるか、それから正史では実際こういう流れだったよーとか説明してくれると、うれしいかなー。あっ日本史上とか中国史上とかの例示は良かったかな。でもあんまり現代ビジネス的なものに近付きすぎるのは、ないとうれしいかな…歴史モノを、歴史物として楽しみたいというか、あまり生活密着させたくないというか。難しい。
posted by みなと at 20:48| Comment(0) | 三国志関連の講演会
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